中森明菜/Cross My Palm

中森明菜のこの1曲。
そういうことであれば、今のぼくなら「ミ・アモーレ」を挙げる。
しばらく前なら「デザィア」だったような気もするが、きっとほとんど日替わりで、気分によってちがうことを言っていたにちがいない。

だが、この1枚ということになると、87年の発売当時から今に至るまで、一貫してぼくにははこの『Cross My Palm』がベストである。少数派だろうとの自覚はある。全曲英語だし、ヒット曲の類はひとつもない。だからこそというべきだろうが、タイトな演奏と抜けのいい音に支えられた、醒めた統一感にこの1枚は支配されている。

これをもって、少女とも大人ともつかぬ魅力を漂わせていた中森明菜は、はっきり大人の女性の領域に踏み込んでいく。この魅力、お子様にはわかるまい。

2002.11
中森明菜/BEST

82年5月のデビュー曲から、85年10月の「SOLITUDE」までのシングル13曲がすべて収められたベスト・アルバム。86年リリース。

デビュー時、レコード店に飾られていた等身大ポップはよく覚えているが、肝心の曲「スローモーション」はというといささか凡庸、ほとんどぼくの記憶に残らなかった。だが、3ヶ月を経ずして出されたセカンド・シングル、男の態度をじれったがる自分はけっして特別な存在ではないと歌う「少女A」、その視点の斬新さには横っ面を張られるような衝撃を覚えたものだった。3分30秒でそこまで描くかアイドル歌謡、てなもんだ。

売野雅勇の詞によるこの路線はその後も、いいかげんにしてと啖呵を切る「1/2の神話」、イライラするわと吐き捨てる「十戒(1984)」と続き、こうしたイメージで中森明菜は並居る若手歌手のなかでも抜きんでた存在へ駆け上がっていく。歌謡曲の王道ともいうべき「北ウイング」でしっかり地盤を固め、威勢よく「飾りじゃないのよ涙は」で弾みをつけながら。

そして85年の「ミ・アモーレ」。これは一聴して難しい。ノリも旋律も難しい。歌いこなせるかといわんばかりの作曲者と若い歌い手の闘争を見る思い。がっぷり四つの戦いだと思うから、なおいっそうぼくにはこの曲が感動的だ。だと思うから、さらに熱い。中森明菜の頂点は、だから、ここにあると確信する。

というわけでこの作品、デビューからわずか3年で頂点に到達した中森明菜の軌跡である。快進撃である。美しい。

2005.10
中森明菜/Stock

シングル候補として制作されながらも結局はお蔵入りとなった曲ばかりを集めた88年のアルバム。

当然ながらシングル・ヒットは1曲たりとも収められていないため一般的な知名度は低いが、ファンの間では結構高い評価を得ていたようだ。ヒット曲の前後に捨て曲を配したような安易な作りの、あるいは妙なコンセプトを持たされ志だけが先行したかのようななまじな作品より、ある意味、完成度は高いといえる。

そんななか、ぼくが唸った1曲はハードなメタル・ナンバー「NIGHTMARE 悪夢」だ。ヘビメタ好きではぼくはけっしてないが、これは格好いいと思う。すごく思う。有無をいわせぬギターがなによりも。で、また、それと存分に渡り合うヴォーカル、その拮抗するさまがキモチいいのだ。「ぅゎぁああああ」と語尾、尻上がりに勢いづく声。絶頂期の明菜らしくて実によい。

他にも、イントロから掴みバッチリな「まだ充分じゃない」や、華と勢いのある「FIRE STARTER」など、シングルとしてリリースするのに遜色あるとは思えない曲がいくつかある。ストックというにはあまりに贅沢な布陣だと感じるのは、まぎれもなくこの時期、彼女が全盛期にあったことの証しだろう。

2006.01