�ｹ麗君／淡淡幽情 さしたる理由も思い入れもないままに、第２外国語に中国語を選択していた。 担当教官はことあるごとに世界で最も発音が美しい言語は中国語であると力説する人だったが、はるか後年になってからにわかにそれを思い出したのは、テレサ・テンのこの中国語アルバムを聴いたときだった。以来、台湾において國語と呼ばれる言語は、ぼくのなかで特別な存在となった。 彼女の口から吐き出される國語の響きは息を飲むほどに美しく、恐ろしいほどの情感を伴って迫ってきた。小さく開かれた唇、そこで丸められやさしく押し出される言霊。見えるような気がするほどに、それは深い滋味に溢れていた。つたなさの残る日本語で歌っていたあのテレサはいったいなんだったんだと、正直ぼくは思ったものだ。 唐や宋の時代に読まれた詩に曲をつけたこの作品は、その企画性ともあいまって、通の間では歴史的名盤として誉れ高いものだが、残念ながらぼくにとっては必ずしもベストな作品ではない。しかし、それでも「幾多愁」や「思君」といった曲の美しさには戦慄を禁じえない。 そして思うのだ。 情感とは、こういうものにこそ与えられることばなのだと。 2002.09